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WEB2.0って結局は”地主制度2.0″なんじゃないの?

いちおうウチのサイトは最新情勢を扱うブログのはずなんだけど、実は今までウチのサイトでは「WEB2.0」って言葉を

Lelvin LynchによるWeb2.0セッションでのFlex2プレゼンテーション。

って、というどうでもいい文脈で1回使っただけだったりする。というのも、WEB2.0がもつフロンティアとか希望とかって嘘八百なんじゃねーの??という疑念がずっと渦巻いていたからです。最近、そういう思いがますます募ってきたので、一回まとめてみるメモ。


WEB2.0が新しい可能性みたいな文脈で扱われているのを見ると、いつも胡散臭く感じてしまうのだけど、WEB2.0っの世界ってのは実はとっくに利権体制が確立されている気がする。

僕は今しきりに取りざたされてるマッシュアップとか、創発性なんてのは多分WEB2.0の表層であって、本質的な部分はあくまで”Data as next intel inside”によって占められている。そして、そこは既にGoogleやAmazonによってかなり前からポジションどりがされている。

利益率は低そうななのに、やらなきゃ乗り遅れるWEB2.0のジリ貧競争にまきこまれ、同業他社と不毛なサービス合戦をしてボロボロになりながらも、得られるものは5%アフィ程度、どちらが勝とうが結局サービスを提供するGoogle様はしっかり儲かる。まさに死の武器商人に踊らされる紛争地帯。それがWEB2.0なんじゃないだろうか。

で思うに、マッシュアップやらなんやらというのは、Google様やAmazon様という大地主によって与えられた土地で、小作人として生きる道ことを、なんかキレイに着飾ってごまかしているにすぎないのではないかと。面白いことに、wikipediaの寄生地主とか農奴制の生産物地代とかの項とか読んでると、なんかそのまま単語を入れ替えるだけで、現状があらわされているような気がする。

しかも、2.0の真のポイントってのは、下々が骨肉の争いをすればするほど、膨大な量の統計データがGoogleやAmazonに蓄積されていくことなんじゃあないかと。第一原則のData as next intel Insideの部分は全てサービス提供者に持っていかれる。

「どのようなサイトで、どのようなユーザーが、どどのような検索を行って、どのようなモノを購入する」

という膨大な数のデータが勝手に蓄積されていくこと、そしてそれをベースにした超絶データマイニングから、「ユーザーの商品購入履歴や、検索履歴から、ユーザーの年齢や性別、社会レベルをプロファイルする」といった、どれだけ技術力があろうともそれだけでは絶対に開発できない技術が生まれる。そしてそれを用いたサービスを提供することで、さらなるデータの蓄積が行われる・・・ それがWEB2.0本質なんじゃあないかと。

多分もうしばらくすると、「巨大企業のサービスをつかわなければ他社との競争力を維持できない」、「サービスを導入すれば巨大企業の支配力がさらに強まる」という構図ができあがると思う。そして、そのころになる低レイヤーでの自社開発を放棄して、表層レイヤーの開発だけでコアは大企業に依存するような企業が出てくると思う。彼らは地主の提供するサービスに自身の存在そのものが依存するリスクを持つが、その一方で表層レイヤーのみに集中できることを武器に、様々なサービスを高速で大量に展開できる長所を持つ。そこそこ堅実に自社開発技術とかを持ってる企業としてはたまったものではない。米軍に武器提供された反政府ゲリラみたいな奴らにいっせいに襲われているような状況になる。

んで彼らは自身の優位を守るために、破壊的イノベーションはとりあえず買っとけという戦略にでる。新しいイノベーションはヤフーが、価値あるデータバンクはグーグルが持っていってしまう感じ。

結局、この地主制度から脱出するには、早い段階でWEBサービスを提供する能力と、そこから得たデータをマイニングして次のサービスを作れるノウハウ得えることしかないと思う。サービスを提供するという行為も2.0の見せ掛けの本質で、生き残る為にはサービス提供という形をとりながら、様々なデータを吸い取るという点をクリアしなければならいのではないか。そしてなんとかして、こちら側(小作農)からあちら側(地主)へと上がるしかないのではないかと。

単に僕が悲観主義者なだけかもしれないけど、そんなわけで地主制(農奴制)2.0とか武器商人2.0って言葉が自分の中で一番しっくりくWEB2.0の構図だと思う。
ネガティブに考えすぎなんだろうか。